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だって認めてほしいもん

2013
03
27





3月30日の無料遠隔ヒーリングに

ご参加の皆さまへ。

ご参加される方すべてに

当日の詳細をメールにてお知らせしています。

もし、まだなにも届いてない、

という方がいらっしゃいましたら

恐れ入りますが ご一報くださいませ。

宜しくお願いいたします。




*~*~*~*~*~*





わたしは昔 

凄く頑張っていました。

誰かのために頑張ってました。

そして その想いは いつしか

「認めてほしい」になっていました。

だって こんなに頑張ってるんだから。

自分の時間を割いて

○○の為に やってるのよ。。。




こんな想いがずーっとあったのだと思います。

でも

あるとき ふと 考えました。



誰に認めてほしいん?



家族? 友達? 世間? 神様?




色々考えてみたけど 誰に認めてもらっても

違うように感じました。




「誰」ではなく 

自分に認めてほしかったんだとわかりました。

自分を、 一番認めてるはずの自分が 

実は認めていなかった。。。

労ってあげてなかった。




「あなたのお蔭で・・・ありがとう」

そう誰かに言ってもらうことで

認められたと一瞬安心します。




でもそれは一瞬で

「もっともっと・・・やれるよね?

だってひとの為に動きたいんでしょ?

誰かの役にたちたいんでしょ?」

そうハッパをかけてたのです。




まるで 頑張らないと

そこに自分の存在価値がないように感じて行き

もっと頑張らないと、

もっとひとの為にしないと、

わたしは存在してることにならない。

そんな風にどんどん縛っていたのです。

とってもしんどかったです。




だから ハッパをかけるのをやめて

頑張ってるわたしを認めてあげました。

そして もう頑張るのをやめました。




ひとは 多かれ少なかれ

「誰かに認めてほしい」ものだと思います。

多分、そう思わないひとはいないんじゃないでしょうか?

でも 誰かに認めてもらう前に

まず 自分に認めてほしいのです。

自分に愛してもらいたいのです。




そんなに頑張らなくてもいいよ

例え誰かの役にたっていなくても 

わたしは充分愛されてるよ




自分が自分を愛する、認める、許すことは

難しいと思います。

一瞬で出来るものではありません。

でも、 まず自分を愛し 認め 許してあげないと

ひとを愛し 認め 許すことは出来ません。




あれ?

心屋さんみたいになってきた?




頑張るのをちょっと緩めて

自分と向き合ってみませんか?

その頑張りは 誰のためですか?




朝から急にこんなことを書いたのは

昨日 久しぶりにある方のブログへお邪魔して

「わたしひとの為に こんなに頑張ってるのに・・・」

って、心の声が聴こえたような気がしたからです。




自分の人生を生きる為に

「誰か」を手段にしなくてもいいのです。

あなたは 愛されてることを認めてあげてくださいね。

わたしもあなたを愛しています、今も。















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