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見せられるもの

2013
06
16






ルルドからパリのオルリーへ向かうとき

空港ではゴミ収集車が

ゴミを回収していた。

生ごみからペットボトル、

そしてスーツケースまで 

どんどん収集車に放り込まれていく。

あら? フランスって分別しないの?

聴けば 日本のように

きっちり分別している国は珍しいほうだとか。。。




パリには物乞いが多い。

裏通りではなく ひとが大勢行き交う大通り。

そこでは 彼らはよく犬を連れていたり

中には子犬を二匹も抱いて

通るひとたちに無言で訴える。

「俺たち可哀想だろ? だったら何かめぐんでくれよ」

そんな顔で子犬を前面に出してくる。




犬たちはとてもおとなしく・・・

もしかしたら何も食べさせてもらえないため

元気がなかったのではないかと思えるが、

私は、その子たちを一刻もはやく解放しろと

食って掛かりそうな心を何度も抑えた。




勿論、ファティマやルルドのひとびとは温かく

パリでも素敵な愛をたくさんいただいた。

でも この地球の人々の

愛のレベルは今も混在していて

それが地球を傷つけている。




なぜ 地球では戦争が終わらないのか

なぜ ひとは地球や自然、動物たちを敬わないのか

人間を無償の愛で癒してくれる

彼らをどうして大切に出来ないのか



悲しいけれど これが人間の愛の状態。

今まで 聖母マリア様、マグダラのマリア様、イエス様たちは

いつも愛について説かれていた。

メッセージを読み返せば

常に常に 愛についてだった。

今回のルルドでのメッセージも。。。




光の存在たちは

わたしたちが腑に落とすまで

何度も何度も我慢強く

同じメッセージを送ってくださる。

ことばを変えて 何度も何度もだ。




いつか この地球のすべてのひとが

それを理解し腑に落とす日まで

同じことを言われるのだろうか



ただ 時間には限りがあるのだと今回は言われた。




私達は今、

もう一度しっかり

考えなければならない時に来ている。

わたしたちが生まれて来た訳は

愛を学ぶため、

そして自然や、自分より小さく弱い命を

敬うためだということを。



愛を学ぶとは どういうことで

自分はそれにちゃんと向き合っているのか、

自然界や動植物、ちいさな命も

自分と同じように大切にしているのか、

すべての答えは 愛なのだと

自分自身にしっかりと植えつけたい。




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