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困難の先にあるもの

2013
11
25





いつもお読み頂きまして 

ありがとうございます。



時折 

「今のわたしの人生は 愛や豊かさとは縁遠く

次々に起こる困難に どうしてよいのか分からずにいます」

と いうご相談をお受けいたします。




ひとは 予想もしない困難・災難などに見舞われたとき

『何故わたしが こんな目に遭わなければならないのか・・・』

そう思ってしまいます。



それは 人間としての普通の感情ですね。

辛いときやショックなことが起きた時も

瞬時に冷静に 

ポジティブに気持ちを持っていけるひとは

おそらくいないのではないでしょうか・・・



そのような状況に見舞われたときは

悲しんだり 落ち込んだり 

進むべき道が見えなくなって

自分は 神様から見放されたのではないか?

なにか悪いことをしたから、

その罰として

このようなことが起きるのではないか?

誰かがわたしに呪いをかけているのではないか?




そんな風に思われるかもしれません。

それだけの大きな出来事なのです。



なので そんな感情を持ったご自分を

責める必要はありません。




落ち込み 悲しみ 悔しくて 腹が立って

ひとを憎しみ 恨んだとしても

そこから先に ちゃんと進めるちからが

わたしたちにはあるということを

覚えておいてほしいのです。



色んな感情に翻弄され 

ご自分を見失ったかのように見えても

わたしたちの魂は

決して光を忘れることはありません。

どんな状況のなかに在っても 

わたしたちの魂は 上へ上へ 光へ光へと

前進しようとしているのです。



渦中にいらっしゃる間は それが見えないだけであって

落ち込むだけ落ち込んだら

悲しむだけ悲しんだら

ムリに自分を奮い立たせようとしなくとも

自然に顔は上を向きます。

光のほうへと進みたいと 心から願います。

それが 希望 というものです。



希望が出てきたとき

ひとは本来のちからが出せます。

ムリに自分を責めたて 奮い立たせるのではなく

本来のご自身の強さを想い出すのです。



ですので いま大変なときにいらして

心が翻弄され、身体も疲弊されてる方は

その時間が長ければ長いほど 

お辛いときも長くなりますが

それは「こんな目に遭う」のではなく

なにかの罰ではなく

誰かの呪いでもなく



そこには必ず

ご自身と周りの方の学びというものが存在し

そして 「愛」というものが

存在するのだと知ってほしいのです。

大きな愛 小さな愛 ひとから頂く愛 ひとへ送る愛

様々な愛がどこかに隠れているのです。




その愛に気づき 理解し 

その真の意味を次に繋げる

自分がそれを選んで生まれて来たから、

自分には それを乗り越えるちからがあるから、

だから私は 必ず 乗り越え前に進めるのだと

信じてほしいのです。



あなたには そのちからが在ります。

この3次元で どのような状況にあり

感情が揺さぶられても

あなたの魂は

静かに 強く 在るのです

あなたの魂を傷つける者は 誰もいません。

あなたは 愛と光の存在なのです






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